スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

技術士登録証が届いた

名古屋出張から帰りましたら,技術士登録証が届いていました。3月22日の金曜日には届いていたようです。 思ったより大きいです。B4サイズですので,折り曲げたいところですが,二つ折り禁止で丁寧に届きました。 技術士登録証の実物を見るのは初めてです。 掛ったコスト(登録料3万円と6500円の手数料,あと今までの受験料)が回収できるかどうか分かりません。何分職場内技術士で,業務の合間を縫って企業の技術相談などにのっても全くのタダ。職場から給料は頂いていますが,こんなんでいいのかしら? 私の登録番号は70000台ですので,およそ日本にはこのくらいの方が居るはずです。 約半分が建設・土木関係の技術部門の方です。電気電子部門はざっと10%,電子応用分野はさらにその10%くらいでしょうか。 電気系の資格ならば,「電気主任技術者」が権威と歴史があります。1種,2種,3種とありますが,イチバン下の3種でも,通常の事業所などでは十分,2種ならどんなデカイ工場でもOK。電力会社にでも勤めない限り1種は要りません。 技術士資格もハイレベルなものですが,その隘路は業務独占ではなくて名称独占である事です。技術士でなければ出来ない仕事というのは基本的にはありません。建設系では実質的に業務独占資格となっているため価値は高いようです。 代わりにと言っては何ですが,この3月末で高校の教員免許の期限が切れてしまいました。

技術士登録

3月4日の月曜日に合格を確認したのですが,登録申請は通知を見てからと思っていました。 申請に必要な書類は予め取っておいた方が,少なくとも2,3日は節約出来たと思います。 合格通知は3月6日水曜日に郵送されて来ました。 直ちに,登録の準備を始めます。提出書類を集めます。「登記されてない事の証明」を法務局へ。以前土地の登記関係で行った法務局の支所は閉鎖されていてちょっと焦りました。 職場へは,登録の証明書を頼んでおきました。 「身分証明書」をとりに近くの市役所分室へ行きましたが,本籍地が新潟なのでここでは取れないとの事でした。水曜日に往復速達で送ったのですが,何と手数料250円也の小為替を入れる事を失念しました。木曜のお昼に市役所の人からケータイに連絡が入りました。 ここは現地に居る妻の母に行ってもらう事にしました。市役所周辺は翌金曜日に行くとの事でしたので,1日遅れるのはしようがないかなと思い,それで頼む事にしました。金曜の午後に行ってくれたので,証明書は土曜日の午前に届きました。 すぐに書類をまとめて送りましたが,あわせて4日間のロスでした。土曜日ですので,速達で送っても日曜着ですから書留の普通郵便で送付しました。 最短でやろうと思えば,合格確認してから,すぐに書類を揃えて,合格通知が届いて直ちに出すという手があると思います。もっと言えば,登録申請書類に書くのは,合格番号だけですから,それを電話で聞けば,合格通知が届く前に申請してしまうという裏技もあると思います。 なぜそんなに急ぐ必要があるかと言えば,二次合格発表後は申請が集中して事務処理が遅れるようだからです。登録前に「技術士」を名乗ると違法になります。 登録さえ済んでいれば,登録証が届かなくても,電話で登録番号を問い合わせれば教えてもらえるので,それさえ確認出来ればOKなわけです。 18日の月曜日に日本技術士会に問い合わせたところ,15日に登録されたと教えてもらえました。登録証はまだ届きませんが,無事技術士(電気電子)となりました。

二次試験合格

3月4日の朝,技術士会のホームページ上で,見なれた受験番号を発見しました。 私の受験地では電気電子の電子応用を受ける方は少なく(全体が少ないので人口で比例配分でしょう),私の受験番号は8回の受験で最後の数字が1~3の範囲で変わるだけでした。今回も最後が0001でした。例年当受験地の記号を見ること自体も少ないのです。 念のため,官報で名前も確認して,じっくりと噛みしめました。 思えば,長い道のりでした。 H16年(2004年)度に一次試験合格。 H17年(2005年)度二次試験筆記不合格。しかし,二次試験初回の挑戦で,A, C, A評価。何の準備もしなかったので,これはC評価部分の対策をすれば行けるかも?というのが今思えば長い道のりの始まりでした。 H18年(2006年)度二次試験筆記合格,口頭試験不合格。これ以降が長かったわけです。論文を見ていただいたベテランの機械の技術士の方も筆記合格で口頭不合格以降8回くらい掛かったそうですから,口頭で落ちてしまうとその後年数が掛かるというのはジンクスなのかもしれません。 技術士の試験制度は,数年ごとに改正があります。 私が受けている期間内にも,H19年度からの大きな変更がありました。H18年度まで経験論文は試験中に記述していたのですが,H19年度からは筆記合格後の後出しでよくなりました。筆記量はかなり減った訳ですが,私には必ずしも有利に働いたわけでもありません。試験中に書く経験論文は,1回目のチャレンジから合格点だったわけで,むしろ得意分野だったわけですから。 平成18年度の1回目の筆記試験合格時は,いわば試験中に経験論文を書く最後の試験だったわけです。 平成25年度からも試験制度が変わります。 経験論文は無くなり,択一試験が復活するようです。その趣旨はよく調べていませんが,今回もやはり試験制度改正前の土壇場での合格だったと言えるでしょう。ここで合格しておかなければ,また何年かダメだったかも知れません(汗)。

2回目の口頭試験受験

2012年12月22日,2回目の口頭試験を受けました。 竹橋に宿泊していたので,当日ゆっくり出てフォーラムエイトにお昼前に着く事が出来ました。冷たい雨が降っていましたので,渋谷の駅前で折り畳み傘を買いました。 道玄坂を登って,見覚えのあるビルに着きます。受付を済ませ,控え室に。 驚いたのは,まるで高校生にしか見えない若い女子がいたことです(もちろん経歴必要ですから20代でしょう)。賢そうでしっかりしています。光り輝いています。おかげで,周りのオジサンは私含めぱっとしない感じです。しかし張りつめた雰囲気です。 5分前くらいから試験室の廊下の椅子で待機して呼び出しを待ちます。別部屋の受験者の大きなため息が何度も聞こえてきます。緊張しているようです。私は,2回目の余裕(笑)をかます事にします。女性の呼び出しかと思ったら男性に呼び出されました。 面接官2名。私と同程度か若そうな人。前回は4名だったので,少し拍子抜けなかんじがします。左右に空いた席があるので,4人の面接もあるようです。 面接室に入って,受験番号と名前を言います。以下質問と私の回答(小文字)の概要です。途中順不同でヌケもあります。 ・あなたの経歴を10分で話してください。 就職後から順を追って説明。10分と言うのは想定していなかったので,少し長目に言うかなと言う感じでしゃべったところ,最後(現状)が少し寸づまりになった感じ。1分程度オーバーで終了。 最初はフロッピーディスク用の磁気ヘッドの開発だったが,現在使われなくなっているので,経験論文はハードディスク関連の技術に限定した。また,そのようにも断りを入れた。 ・受験の動機 H15年頃,JABEE導入に伴い,職場から企業出身者は受ける様に言われたのがきっかけ。企業から技術相談を受けたが,ツッコミが足りない。法的な資格の重要性を感じた。また,個人的都合だが,子供が小さいので定年後も自分のキャリアを生かして働きたいと思う。 ・もし資格とったら,学内のポジション変わるのか? そのような部署があるので,多少そちらの技術相談的な仕事のほうにシフトするかもしれない。 ・非常に専門的な分野だが,技術相談ではもっと電気分野浅く広い知識が求められる事もあるのでは?努力していることはあるか。 沢山授業をもっている。電気材料,電子物性など...

2度目の口頭試験にのぞむ

二次試験では筆記試験が難関です。 筆記に合格して口頭試験に回れば9割がた受かりますから,めでたく最終合格となった方の多くは,口頭試験の経験は1回でしょう。 私は2回目ですので,その分余裕を持って臨む事が出来ます。しかし,前回指摘されたように「 技術士としての適性 」が無い可能性がありますので,そこが改善されているかどうか?わかりませんので,油断は禁物です。2度も口頭試験で落ちるのはイヤです。私の分野の二次試験で筆記が10人に1人受かるとして,その内口頭試験で落ちるのは10人に1人としますと, 筆記で受かって口頭試験で落ちる という人は100人の内の1人なわけです。さらに,そうなるのを2回繰り返すというのは,単純な確率で考えてもかなり低い事例ではないでしょうか?これはもう自分は仙人ではないのか?ということです。 かすみを食っては生きられませんので,ここは石にかじり付いても合格しないといけません。口頭試験日の前日,学会の研究会がありましたのでこれに参加し,一泊して翌日口頭試験に臨む事にしました。しかし,今回も色々トラブルがありました。 (1)合格通知証を失くす (2)1週間前にあった忘年会で痛飲してカバンを失くす (3)無くしたカバンの中に,試験に向かうヒコーキの優待券が入っていた (1)これには焦りましたが,一週間前に気づきましたので,連絡して筆記試験受験票や身分証明書を持って行くなどで対応してもらいました。クリアファイルに書類一式まとめていたのですが,直前にまるまる紛失していたのでした。 (2)単なる忘年会ならば,もちろんカバンなど持って行かないのですが,学会の研究会があり主催側で挨拶もしないといけません。その終了後,学会の懇親会も兼ねたものだったので,参加しないわけには行きません。特別講演の先生も2次会まで付き合ってくれたので,ついついやってしまいました。 (3)これは,当日朝の出発直前まで気がつきませんでした。優待券での予約でしたので,これが無いと普通運賃になるか最悪乗れないかもしれません。ヒコーキですと時間的余裕があるのでノンビリしていたのですが,直ぐキャンセルしてJRで行く事にしました。しかし,妻は音楽の仕事(趣味?)で留守で,駅まで送ってもらえません。空港まで車で行く事にしていましたので,さあどうするか?タクシー呼んでもちょっ...

ブログ以外に心がけた事

学会発表は,できそうな学生がいる場合にはさせますが,そうでない場合自分でするしかありません。教育が主といえ研究活動も職務です。 義務が多く,責任ある役回りも回って来ますので,ストレス 解消 もしくは 感じない 様な方策も重要です。 私の場合,音楽が最大のモノでした。学生時代から続けているクラシック・ギターが中心( 先に紹介したブログ がそう)です。浮気をしてピアノをやった事もあり,少しなら弾けます。 クラシック・ギターは,ここ十年ほど師についています。年に一度の発表会には,新曲をやっています。仕事のストレス解消のみならず,むしろ人前での発表に慣れる事やムダな力を抜く心がけ,地道な上達のための合理的練習法等,仕事や技術士受験にもプラスになっていると思います。 前職の企業時代から,周りで体を壊す人を大勢見て来ましたので,健康管理には気を使っている積りです。むちゃ食い・飲みをすると妻が鬼のようになるので,そちらの方が身体に悪いと思い,そうならないよう心がけています。 趣味がゴキゲンな時は仕事も調子いい様に思います。研究者は無茶をするところがありますが,その点私は(大した研究やっていないので),心配ないと思います。

何度目の正直やら(2度目の筆記合格)

H24年,ようやく2度目の筆記試験合格となりました。二次試験チャレンジから8回目です。「ひょっとしたら今年はいけるかも?」という感触はありました。ただ,今まで何度も苦杯を舐めていますので,フタを開けてみるまでは分かりません。 不思議なもので,連続不合格も最初の頃は,悔しかったのですが,仕事が忙しかったりすると,「 ああこれで体験論文やら年末の口頭試験の心配をしなくて済むんだ 」という,むしろホッとしたような気分になるのでした。もちろん, クヤシサ も次年度の原動力にする方法もあるでしょうが,そのためイラついても良くありません。 H19に過去最低のCB評価でしたので,あせらずチャレンジする事にしていましたが,漫然と繰り返していても何か永久に受からない様な気もして来ました。いずれにせよ,何か手を打とうと思いました。折から職場では責任者的立場になり,まあ俗に言う「名ばかり〜」です。職場の方はストレスが溜まるごたごたが続いています。絶対的に時間が無い訳ではないのですが,無いのは精神的余裕です。 少し時間や精神的な余裕が出て来た2009年(H21年)からブログを開始しました。文章力を向上させるためです。飽きずに続けられる様に,趣味の記事を, なるべく分かりやすく且つ論理的に 書く様に努めました。効果のほどは分かりませんが,少なくとも書く事には慣れたと思います。 趣味の記事の中に,時々ゲリラ的に専門的な内容も滑り込ませています。これは全く専門外の方々に(ムリヤリ読ませるために)書く訳ですから,これは専門的内容を分かりやすく記述するのに効果的だったかもしれません。H24夏の筆記試験時期には, その2009年から始めたブログ の記事数は800を越え,閲覧数は100万を越えていました。効率のよい方法とは思いませんが,趣味の話なのでいくらでも続ける事が出来たのは良かったと思います。 ◆ 以前は筆記試験終了後詳細な振り返りを作ったりしていましたが,H24年度の試験の振り返りはメモ程度にしておきました。前回の口頭試験では,筆記試験の内容について聞かれることは無かったからです。それに,アタマの中にある事を書いた訳ですから,仮に口頭試験で質問されても答えられるはずです。 以下にその時のメモを記します。 平成24年度技術士第二次試験 ...